​きっかけは
「音楽の機会を増やしたい」

​ 山形でもっと歌える場所を、聴いてもらえる機会を、もっともっと増やしたい。その思いがきっかけに、今の活動スタイルができてきた。

​すべては音であり、人であり

バンド  lostlane (ロストレーン)

 人前で歌うようになったのは24歳の頃から、バンド[lostlane]という名前でのスタート。初めてのスタジオでメンバーと合わせた瞬間から楽しくて仕方がなかった。練習を重ねるにつれ、ライブをしたい欲はどんどん強くなり、そしてライブを重ねるにつれて(もっと、もっと)ってハングリーな気持ちが先を行き、その都度メンバーを困らせていたなと。このlostlaneの活動期間は短いにしても、月を重ねるごとにライブの数がどんどん増えていった。そんな中、そのハングリーさが火種となり、メンバー間での心のすれ違いにより解散を迎える。最後のライブを終えた夜にぐちゃぐちゃに泣いたことが今でも覚えている。

バンド  anchor (アンカー)

 lostlaneでの教訓を胸に、今度こそはと臨んだバンド。現在はなかなか活動できない状況ではあるが、それぞれの暮らしを大事にする延長で、また奏でられる時が来たらと、そう思いながら、今はその時を迎える時のためのソロ活動でもある。メンバーが集まった時にすぐに動ける、そんな環境を準備できるように、今は自分自身をもっと磨いていけたらとずっと思っている。

​ 前バンドでの教訓…と言いながらも、anchorでも、メンバーを困らせてしまうこともあり。…今は、この時間を過ごす中で、仲間の大事さを感じるとともに、一緒に奏でることの楽しさを思う。

 「anchor」の名前には[心のよりどころ]になったらいいな、というメンバーの思いがあり、この名前になった。そして、それぞれの個性を色とするなら、その色が混じり合った「無限の色彩」でバンドの音を奏でる。どんな色になるか、どんな音になるかを楽しむバンドでありたいと願い、各アレンジは各自が考えてスタジオで合わせる時の楽しみとなる。

ソロ弾き語り  堀謙太郎

 バンドでも弾き語りでもそう。音楽を奏でる、聴いてもらえる場所や機会をもっと増やしていきたいと考えるようになり、地域のお祭りに参加した際に一切の音響設備がないことを聞いて、周りにある機材を集めて環境を準備した。それがきっかけとなり、それなら、自分で準備さえできれば何だってできる、と考えるようになり、いろいろな場所に相談をして、その機会を増やせるようになった。と、同時に音響設備の準備は操作も少しずつできるようになり、また、いろいろな人との繋がりも築いてこれるようになった。それは、いつもうまくいくわけではなくて、失敗もするし、怒られるようなこと、不快にさせてしまうこともあったけど、その一つ一つが次に活きて、少しずつその容量も良く音楽の機会に臨めるようになってきた。

 逆境のときも多く、例えば、歌うときに強い風が吹いたり、雨にあたったり。それを覚悟して臨んだにしても、冬は手が凍るような感覚のときもある。ひどいときはテントから落ちた雪をかぶりながら歌うことをやめなかったことも。ただ、それは全てが苦いものではなく、チャンスに転じたり、より聴いてもらえる、そんなこともあった。ある時、お祭りで歌っていると音響の電源が落ち、辺りも暗くなって。だけど聴いてくれている人は、遠くから聴こえる小さな生音のそばに来て、暗い中でもその歌を聴いてくれたのを覚えている。そんな嬉しいことがあるから、今日まで歌い続けているのだと思う。

 いつでもいろんなことがあるけど。それがいい日も、悪い日も、そのとき感じたことが音になり、伝えたい思いになる。そんなドラマがあって、自分にも、そして聴いてくれている人にも届くといいな。と思いながら歌っている。

​ まだまだ、もっともっとうまくなりたい、って思うし、お世辞にもギターが、歌がうまいとはいえないけど、そのときそのとき、大切に思っていることをちゃんと伝えられるようにと思いながら日々歌っている。

 

イベントの企画や運営、音響について

 まだまだ、至らないことは多いだろうなとは思う、けど、私なりに信条をもって、拘ってイベントに臨んでいる。その時間、来てくれた人には「楽しかった」「よかった」って言ってもらいたいし、出演者にも気持ちよく歌ってもらえるように努力したい。と同時に、せっかく山形に来たんだからと、その場所の良さや魅力を感じて、「また来たいなぁ」って思ってもらえる時間にしたい。…でも結局は、私の自己満でもあり、単に地元の大好きなところを自慢したいのも、もちろんある。そんな風に、歌う時間も、この場所で過ごす時間も大事にして、一緒に喜び合えたらなって思うのでした。

 県内はもちろん、県外から来てくれるアーティストさん。この人の音楽が好き、ってのはもちろんだし、人柄が好き、ってのもあるなぁ。と、最近は特に思う。その人柄のもとに奏でる歌は、知れば知るほどにより魅力的なものに感じる。それを来てくれた人に知ってもらいたい。一緒に共感してもらいたい。だから最近では、もう腹黒いようだが、私はシンプルに、その義理とかなしに、この人と一緒にいて幸せを感じる、喜び合える人と音楽の時間をつくっている。でもそれは、きっと自然なことで、それぞれの価値観のもと、成り立っていることだと思うから。大切に思い合えるほどに、その過ごした時間はあたたかく、優しく、感動する時間になるように思える。そして、大好きな人が集まった時間だからこそ、来る人により自信をもって伝えることができる。来てもらえればきっと、喜んでもらえるって思えるから。そうやってできる時間を、その価値が高まっていけることを、私なりの正解として、今は真剣に臨んでいる。

 それと、音響について。米沢市にあるBilly's Bar(コロナ前以来伺えてなくてすみません。)のビリーさんがよく言ってる言葉。「プレイヤー目線」の音響を私も目指している。このプレイヤー目線の音響は、すんばらしい、と思っていて。出演者がより気持ちよく、のびのびと演奏できる環境があって、より思いの入った音が発信できると思う。同じく、米沢のライブハウスA_R_Bの店長ゴロウ君の音響もすんばらしい。気持ちよく歌うことができる。そういう環境を私も常に大切に考えながら、イベントを開いているし、何かいい工夫はないか、日々試行錯誤している。(その逆に、、言いたいことは山ほどあったりもするが、控えます)

特別  solaのオーケストラ

 solaのオーケストラは、私が憧れや尊敬を寄せる方々に無理を言ってお願いをして、堀謙太郎の曲(anchor等の曲も含む)をバンドスタイルで演奏させていただいた編成。もう、私にとっては夢のような時間だったし、スペシャルなものでした。と、同時に内心(大丈夫かなぁ)なんて心配や緊張もある中、やっぱり、大好きな人ばかり集まった時間は最高だった。そんな最高な時間を、そしてこの繋がりを、これからも大切にしたいと願う。また一緒に奏でてください。

 と、同じく。anchorは今、なかなか集まれない状況が続いているが、それでいい、と思っていて。これまでanchorに関わってくれた人で、また時々集まれる人で集まって、またライブができたらいい、と思っている。そんなスタイルもあっていいと思っていて、ここがよりどころであることを、これからも願っている。そんなanchorネットワークを、これからも大切にしていきたい。

最後に

大変長くなりましたが、これまでの私の思いを綴ってみました。

そのときそのとき、感じることも考えることも変わっていくことはあるけど、その中でもずっと大切に思うことがあるから。その大切なものを灯台の灯のように、ずっと見据えがら続けていきたいと思います。

…相変わらず、根底のハングリーさってのは、これも変わらないもので。これからもっと走って、飛んでいくでしょう。そんな私をどうか、これからも応援、見守っていただけたら嬉しいです。